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富山地方裁判所魚津支部 昭和47年(ワ)22号 判決 1973年1月17日

原告 川内明男

<ほか三名>

以上原告四名訴訟代理人弁護士 筒井信隆

被告 宇奈月町

右代表者町長 中賢作

右訴訟代理人弁護士 河村光男

同 小池実

主文

被告は、原告川内明男に対し金四五五万六、三〇〇円および内金四一五万六、三〇〇円に対する昭和四六年八月一三日以降支払いずみに至るまで年五分の金員、原告川内美奈に対し金二二〇万三、一〇〇円および内金二〇〇万三、一〇〇円に対する昭和四七年一一月三日以降支払いずみに至るまで年五分の金員をそれぞれ支払え。

原告川内明男、同川内美奈のその余の各請求ならびに原告川内善作、同川内みさをの各請求は、いずれも棄却する。

訴訟費用はこれを八分し、その二を被告の、その三を原告川内明男の、その二を原告川内美奈の、その一を原告川内善作、同川内みさをの両名の、各負担とする。

この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、訴外川内貴幸(当時満三才)が、昭和四六年四月一〇日午後三時頃被告の管理する自宅裏の防火用貯水槽に転落して溺死したことは当事者間に争いがない。

二、本件事故が公の営造物である本件貯水槽の設置、管理の瑕疵に基因するものであるかどうかについて検討する。

(一)  ≪証拠省略≫によると、本件貯水槽は、下新川郡宇奈月町明日地内(栗虫部落)の訴外川内寅次郎方宅地内にあって、同訴外人の居宅の前方(右宅地の南東部)に設置された縦一・八米、横一・九米、深さ一・六四米のコンクリート製の雨水等を貯水する防火用の貯水槽(本件検証時の水深は一・三米)であって、その南側および東側は周囲の土地より約〇・一米高く、その北側は周囲の土地と同程度の高さになるよう土中に埋め込まれているが、その西側は築山になっていて庭木が植えられている他、貯水槽の北側周辺には泉水、庭木、石灯籠などが散在し、この一劃が川内寅次郎方の庭園を形成していること、右宅地とその東側を同宅地にそって南北に走る町道とは、町道が本件貯水槽に面する区間および前記川内寅次郎入口部分(門)を除き数年前に設置された高さ約一米のブロック塀で遮断され、右貯水槽に面する区間にはコンクリート土台より約〇・二三米の高さから上部に非常時にはいつでも取りはずしのできるようにした厚い木板(角落し)で境界をなしていること、従って町道から右庭園内に侵入するには、前記川内寅次郎方入口の門を通って侵入するか、右角落しの下の隙間をくぐり抜けるか、もしくは町道より本件宅地に南接する田に降りてそこから侵入することが可能であること、本件貯水槽のある前記庭園の西隣は原告川内明男らの居宅がある同原告方宅地であって、右貯水槽の西方約四・二米附近が両宅地の境界となり、その境界線上には高さ約〇・三米のコンクリート塀が設置され、さらにその塀にそって同原告方宅地内に巾〇・一八米、深さ〇・一米の溝が存在する他、右庭園側にも木杭を打込みこれに有刺鉄線が張られてはいるが、これは弛れ下がりその用をなしておらず、右両宅地の高低にはほとんど差がないことがそれぞれ認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

(二)  ≪証拠省略≫を綜合すると、本件貯水槽は、昭和二八年頃旧愛本村が防火用として栗虫部落内に五ヶ所設置したものの一であって、翌二九年七月愛本村が宇奈月町に併合してからは被告の管理に移ったものであるが、従来、本件貯水槽を含めて右五ヶ所の貯水槽についての転落事故等防止のための安全対策は事実上部落の自主的な措置のみに委ねられ、部落では当初危険度の高い貯水槽についてのみその四隅に鉄棒を立て針金を周囲にはりめぐらすなり、貯水槽の上に丸太棒を何本かさし渡すなどの方法で事故発生の防止をはかっていたこともあったが、数年後にその防護措置が自然破損等によってその用をなさなくなって以降には、部落においても特にその補修工事等を行なうこともなく放置していたこと、町役場の消防主任らは年に一度位の割合で現地を訪れ貯水槽、消防器具等の管理状況を点検していたのであるが、その際にも消防主任らはいずれの貯水槽もその大きさ、およびその場所的状況等から危険性は少ないものと判断し、特に部落に対し事故の発生を防止するための措置を講ずるよう指示することもなかったし、被告自らそのような措置を進んで講じたこともなかったなど、事故防止対策は長年全くなおざりの状態が続いていたこと、ところが、昭和四四年から翌四五年にかけて栗虫部落の総代(区長)川内治太郎が、町当局に対し二、三回部落内の貯水槽附近で子供が遊ぶので事故防止のため貯水槽に蓋をするか、金網を張ってほしい旨陳情したことから、同年四月頃金二万五、〇〇〇円の予算を計上して栗虫部落内の貯水槽に金網を張ることとなり、消防主任沓掛信行消防士大勢待富雄の両名が、貯水槽の大きさを測るなどのため右部落を訪れたところ、その場に立会った前記川内治太郎から本件貯水槽は個人の宅地内にあり町道とはブロック塀で遮断されているため転落事故が発生する危険は少ない旨告げられたことから、本件貯水槽を除く、公道に接して設置された他の四ヶ所の貯水槽にのみ金網を張ることとなり、その後一ヶ金五、〇〇〇円の費用をかけて右四ケの貯水槽にのみ防護網が張られたが、本件貯水槽のみはついに本件事故の発生した昭和四六年四月一〇日までなんら事故防止のための措置は講じられなかったことが、それぞれ認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

(三)  本件事故の発生した栗虫部落は典型的な山村地帯であって、部落内で子供の遊び場となるような広場としてはわずかに本件貯水槽の存在する川内寅次郎方宅地の道路一本を隔てた東隣の神社の境内ぐらいであって、部落の子供は同境内や公道上もしくは附近の田で遊んでいるのが普通であったこと、これまで同部落で貯水槽に人が転落して怪我をしたとか、死亡したとかの事故が発生したことがないことは≪証拠省略≫によって認められるが、本件貯水槽が最近も附近の子供達の恰好の遊び場になっていたかの如き≪証拠省略≫はすでに認定の各事実に照らし直ちに信用できず、他に右認定を覆えすに足る証拠は存在しない。

(四)  ところが、≪証拠省略≫によると、本件事故当日亡川内貴幸は事故の一時間位前より友達の谷口安成と一緒に本件貯水槽の存在する川内寅次郎方宅地の南隣にある田で遊んでいたが、その後本件貯水槽に誤って転落し、一緒に遊んでいた前記谷口からその母親にこのことが知らされ、亡貴幸の母親である訴外川内善美は谷口の母親からの連絡で始めて本件事故を知ったこと、右訴外人は本件事故当時本件事故現場の西隣にある自宅で洗濯中であったことがそれぞれ認められるのであるが、亡貴幸がどんな経路で本件事故現場となった宅地内に侵入し、どうして貯水槽に転落するに至ったかは一切これを断定するに足る証拠は存在しない。

ところで、本件防火用貯水槽の如く公共の目的に供しているものの設置および管理については、通常有すべき安全性を保持するために、当該営造物の構造、用途、場所的環境およびその利用状況等諸般の事情を一切考慮して、具体的に通常予想されうる危険の発生を防止するに足ると認められる程度のものを必要とし、これらを欠く場合にはその営造物の設置または管理に瑕疵があるというべきである。

本件についてみるに、前記認定の各事実からも明らかなとおり本件貯水槽の存在する川内寅次郎方宅地は、東隣の町道からは一応ブロック塀で遮断されているとはいえ、幼児が右川内方門、角落しの下の隙間、あるいは南隣の田を通って侵入することは充分考えられることであり、また右宅地の西隣の原告川内明男方からは極めて容易に侵入できるばかりか、右宅地の町道を隔てた東隣の神社の境内、公道および田など右宅地の附近が日頃より子供達の遊び場になっていたこと、本件貯水槽は、周囲の土地と大体同じ高さになるようほとんど全部土中に埋め込まれており、その附近で転倒したり、足を滑らすことによっても転落する危険があるばかりか、一たん転落すれば幼児は独力で先ず絶対這いあがることができない深さと構造になっており、また、その用途からして本件貯水槽は常時相当量の貯水があって幼児が転落した場合は溺死することも充分考えられること等からすれば、被告が、部落民からの陳情により栗虫部落内の本件貯水槽以外のそれについては防護網を設置しながら、本件貯水槽のみはそれが町道からブロック塀で遮断された個人の宅地内にあるとの理由だけから危険性がないと速断し、(それが部落総代の川内治太郎から危険性がない旨云われたからであっても)防護網の設置は勿論その周囲に針金等を張るなど転落事故の防止のための適切な措置を全く講じなかったのは、防火の用に供する貯水槽の安全性を欠き、明らかに管理に瑕疵があったというべきである。

被告は、本件貯水槽は他人が故なく侵入することのできない個人の宅地内にあり、しかも三才の幼児である亡貴幸には常に母親の監護を必要とすることからみて、本件事故は通常起りうべきものではなく、かかる例外的の稀有の事態に備えてまで危険防止の設備をする必要はなく、町道と本件貯水槽を遮断するブロック塀および角落しが存置することをもって足りると主張するが、公の営造物の管理責任者は、およそ想像しうるあらゆる危険の発生を防止しうる設備まで備えることを要しないことはいうまでもないことではあるが、本件事故はすでに認定のとおり、本件貯水槽の構造、用途および場所的環境からみて決して稀有の事故とは到底考えられず、ブロック塀、角落しが存置することのみをもってその管理責任を免れることはできないものと解する。

しかして、本件事故と本件貯水槽の設置、管理の瑕疵との間に相当因果関係があることはすでに説示したところによって明らかであるので、被告は本件事故によって生じた損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。

三、そこで損害額について判断する。

(一)  亡貴幸の逸失利益

1、亡貴幸が本件事故当時満三才であり、かつて健康優良児として表彰されたことがあったことは当事者間に争いがないから、同人が死亡しなければ厚生省第一二回生命表によれば今後六六・四二年の平均余命があることが認められ、その間少なくとも満一八才から満六〇才に達するまで四二年間は稼働できたであろうことが推認できる。

そこで、労働省労働統計調査部編昭和四三年賃金センサス第一巻第一表による全産業旧中学・新高校卒業男子労働者一人当り平均月額賃金給与額および平均年間賞与その他の特別給与額を基礎にして、一ヵ年の平均総収入を算出し、なお、生活費としては右収入の五割を要するものと考えるのが相当であるから、これを右収入から控除することとし、亡貴幸の右稼働期間中の逸失利益を年五分によるホフマン方式による中間利息を控除した死亡時における現価に計算すると金五六一万七、一〇〇円となることは明らかである。(一〇〇円未満切捨、以下同じ)

2、ところで、亡貴幸は本件事故当時から満一八才に達するまでその養育費として相当の消費支出を要することは明らかであり、被告は前記1の金額からこの養育費を控除すべきであると主張する。養育費の損益相殺の可否については議論のあるところであるが、当裁判所は積極に解する。そしてその額は記録に顕われた原告川内明男の職業、亡貴幸の健康状態等諸般の事情を考慮すると、亡貴幸の養育費として同人が満一八才に達するまでの間一ヶ月当り金一万円を要するとみるのが相当である。そうすると、年額は金一二万円となるからホフマン方式により年五分の中間利息を控除すると、本件事故当時の現価は金一三一万七七〇〇円となり、右金員の消費支出を免れたことになる。

従って、前記1の金額より右金額を控除することになる。

3、ところで、前記二においてみたところにより明らかなように、本件事故発生現場となった貯水槽附近は、幼くて判断力、行動力の必ずしも充分でない亡貴幸が遊ぶ場所としては適当なところでなく、しかも該場所は自宅のすぐ裏にあって、容易に侵入できるところでもあったのであるから、保護者である原告川内明男らは、日頃より同所で遊ぶことを禁止するなり、少なくともその危険性を充分認識させるなど適切な保護監督をなすべき注意義務があったというべきであるところ、本件全証拠によっても右原告ら保護者において右注意義務を尽したことを認めるに足る証拠がない。

そうすれば、右過失は被害者側の過失として過失相殺の対象となるので、右過失の程度は、前記二のような本件貯水槽の設置、管理の瑕疵の程度を勘案すれば、三割であると考えるのが相当である。

(二)  亡貴幸の慰謝料

亡貴幸は、死亡当時満三才の幼児であって、両親の愛を一身に受けていたところ、本件事故により一瞬にして幼い生命を失ったことによる精神的苦痛は甚大であったと推認するに難くなく、本件事故の態様、年令、被害者側の過失の程度、その他諸般の事情を考慮すれば、右精神的苦痛を慰謝するには金一〇〇万円をもって相当と認める。

(三)  相続関係

原告川内明男および訴外川内善美は、亡貴幸の両親であることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、亡貴幸には両親のほかには相続人がいないこと、本件事故後であること記録上明らかな昭和四七年七月七日に右訴外人が死亡したこと、および同訴外人の相続人は夫である原告川内明男と長女である原告川内美奈の両名であることが認められる。

従って、原告川内明男および訴外川内善美がそれぞれ前記三の(一)、(二)の合計の各二分の一の損害賠償請求権を相続し、右訴外人の相続した右請求権については、さらに右原告および原告川内美奈において、それぞれ三分の一、三分の二の割合で相続したことになり、その額は、原告川内明男が金二六七万三、〇〇〇円、原告川内美奈は金一三三万六、五〇〇円となる。

(四)  原告らおよび訴外川内善美の慰謝料

1、原告川内明男および訴外川内善美の両名は、健康で可愛いざかりであった亡貴幸を思いがけぬ本件事故によって一瞬のうちに失った悲しみは察するに余りあるが、本件事故の態様、被害者側の過失の程度ならびに亡貴幸の逸失利益および慰謝料の相続分として財産的利益を得ることになることなど諸般の事情を考慮すると、両親の精神的苦痛を慰謝するには各金一〇〇万円をもって相当と認める。

しかして、訴外川内善美の右損害賠償請求権は、同訴外人が本件事故後に死亡し、その相続人は夫原告川内明男と長女原告川内美奈の両名であることはすでに認定のとおりであるので、右請求権は右両原告において相続分に応じて相続し、その額は原告川内明男は金三三万三、三〇〇円、原告川内美奈は金六六万六、六〇〇円となる。

2、原告川内明男を除くその余の原告らは、原告川内善作、同川内みさをの両名は、訴外川内善美の両親であり、かつ亡貴幸の祖父母であり、原告川内美奈は亡貴幸の異父姉弟であって、同原告らにも慰謝料が支払われるべきであると主張する。そこで、その当否を検討するに、祖父母、異父姉弟(但し、≪証拠省略≫によれば、原告川内美奈は原告川内明男と養子縁組をなしている)であっても被害者と密接な特別の生活関係があり、被害者の死亡によって、死者の父母、配偶者、子が通常受けるであろう精神的苦痛にも比すべき深甚な精神的苦痛を蒙ったと認められるべき場合には、その祖父母、異父姉弟らも自己の権利として慰謝料を請求できるものと解するのが相当であるが、これを本件についてみるに、未だ右の事実を認めるに足る証拠はないものとみざるをえない。もっとも、右原告らは、訴外川内善美が本件事故後に自殺したのは、本件事故によるショックと事故後の被告の不誠実な態度にノイローゼ(ないしは狂乱状態)になり、被告に対する死の抗議を行ったものであるので、右原告らの亡貴幸の死亡による精神的苦痛に対する慰謝料の算定には、少くとも右事実を斟酌すべきである旨主張するものの如くであるが、本件全証拠によるも未だ右訴外人の自殺の原因が何であったか、そして、それが本件事故と如何なる因果関係を有するものなのか断定するに足りない。

してみると、いずれにせよ結局右原告らの請求は理由がなく、棄却を免れないことになる。

(五)  葬祭費

弁論の全趣旨によれば、原告川内明男は亡貴幸の事故死のため葬式費用ならびに諸雑費として少くとも金二〇万円を下らない出捐を余儀なくされたと推認されるところ、本件事故における前記被害者側の過失を斟酌すると、被告に賠償を求めうべき金額は金一五万円をもって相当と認める。

(六)  弁護士費用

以上により、原告川内明男は右(三)、(四)および(五)の合計金四一五万六、三〇〇円、原告川内美奈は右(三)、(四)の合計金二〇〇万三、一〇〇円をそれぞれ被告に対し請求しうるものであるところ、弁論の全趣旨によれば、被告は賠償責任を否定して右原告らの損害賠償請求に応じないので、同原告らは弁護士たる原告ら訴訟代理人に本件訴訟提起とその追行を委任したことが認められるが、本件事案の難易、認容額その他諸般の事情を考慮すれば、右原告らの被告に対し賠償を求めることのできる弁護士費用等は、原告川内明男において金四〇万円、原告川内美奈において金二〇万円と認めるのが相当である。

四、よって原告らの本訴請求のうち、原告川内明男に対し金四五五万六、三〇〇円および内金四一五万六、三〇〇円に対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四六年八月一三日から完済まで民法所定の年五分の遅延損害金、原告川内美奈に対し金二二〇万三、一〇〇円および内金二〇〇万三、一〇〇円に対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四七年一一月三日から完済まで民法所定の年五分の遅延損害金をそれぞれ求める部分を正当として認容するが、右両原告のその余の請求部分ならびに原告川内善作、同川内みさをの各請求はいずれも失当として棄却することとし、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、一九六条一項を適用し、仮執行免脱の申立は相当でないと認めるのでこれを却下することにし、主文のとおり判決する。

(裁判官 大橋英夫)

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